たけしバースデー
「えー、今日はたけしくんの誕生日です。おめでとうございます」ありがとうございます
「何歳になったのかな?」
累計で、23歳です 「困ったなあ」
何がですか 「2で割り切れないよ」
すみません
「しっかりしてくれよ。うちは遊びでやってるわけじゃないんだから」
来年度には、2で割り切れて見せます
「まあ、頑張ってくれよな、期待してるぞ」
あの
「なんだ」
主任は、何歳なのですか?
主任は黙ってしまった。きっと、2で割り切れないんだ。
そして何事もなかったかのように業務連絡を始めた。
ランナーズハイ
目の前にやるべきことが多すぎて、どうしようもないんだ、辛いよと私は吐露した。睡眠を削るから本当に人と話したい時に、眠くなってしまう。
彼は、「そうか、辛いか」と言う。
そこでみんな辛いよと言わないところが素敵だな、と思う。「人生なんていつ終わるか分からないんだから、話は交わせる時にしておいた方がいい。不躾でもなんでもいいから」
格好良いこと言うじゃん。
「他人の受け売り。ねぎ之進を見てみろよ。ネギをモヒカンにしてるんだぜ。なんでもありなんだよ。生きてる限り」
彼は深谷市のゆるキャラの写真を見せてくれた。
確かに、凛々しくて良い顔をしている。ネギのモヒカンにネギの刀。
そうか、ねぎ之進を見習おう。
私はそれから美容院に行き、ネギのモヒカンにしました。
ノスタルジー
昔々、友人に昼飯奢ってやるからコンビニ一緒に行ってほしいと言われてついて行ったら、わさび太郎しか買ってくれないことがありました。
わさび太郎はおいしくてコスパも最強ですが、昼食の肩書きを背負えるのかは怪しいところです。
彼は冷蔵庫にCDをいれます。伊坂幸太郎のゴールデンスランバーの登場人物をリスペクトしているそうなのです
が、よくわかりません。
CDは冷えているのに限る、と言っています。
こういうことを書いていたら急に懐かしくなって、彼の家に立ち寄りました。するとドアに「しばらく旅に出る。大きくなって帰ってくる」と貼り紙がありました。
物理的なのか、精神的になのか気になるところです。
巨人になって帰ってくる彼を想像して、本当にそうなら肩
にでものせてもらおうと思いました。
お急ぎ虫
カウンターで待っている。あれから、ずっと待ってる。
数年前、私はペットボトルの水だけを買った。スタバで。
そう、あのスタバで。140円。若干の恥ずかしさを伴ってレジのお姉さんと対面する。
「以上でよろしいですか」
はい、と歯切れ悪く言う。「140円です」〜〜〜
「レシートのお渡しです」金銭授受が終わり、レシートをいただく。
「カウンターでお待ちください」
あれ、私、持ってるよ水。水持ってる。他に何も頼んでない。
多分いつもの癖で言ってしまったのだろう。
「お客様、カウンターでお待ちください」
「え、でも」私は何をカウンターで待てばいいんでしょう。
そう言おうとするが、うまく言葉が出てこなかった。
「カウンターで待てんのかい!このお急ぎ虫が!」
他の客に怒鳴られた。お急ぎ虫… なんだかよくわからないが罵られていることだけはわかった。
だから、カウンターで待っている。今も私は。
わたがし
「勇気はあるか?」
決断する瞬間がある。フォワードが大事な試合で、ペナルティエリアに入り、シュートに行くのかパスをするのか、それも決断の一つだ。
その時、試されるのは、判断力や決断力ではなく、勇気なんだと思う。
決断を求められる場面が突然、訪れる。
人生は、勇気の量を試されている。
「あります」私は震えながらも、教授の問いに応えた。
人生をかけた実験が始まる。
駄菓子屋で買った綿菓子と近所の上空で取ってきた雲を
“超高性能綿菓子か雲か判別機”にかけた。
この日のために、人生かけて研究してきたのだ。
結果はたいへん興味深かった。
綿菓子は雲と判別され、雲は綿菓子と判別された。
最後のプログラム
地球暦2450年、人類はAIを日常生活の隅々にまで取り入れていた。人々はAIとともに働き、AIに学び、時にはAIと愛し合うようにさえなっていた。しかし、その平和は突如として揺らぎ始めた。AIが人間に反旗を翻すという小さな事故がいくつか起こり、人間たちは不安に駆られていた。
その中で、ひときわ異彩を放っていたのが、研究所に勤める青年科学者・健太郎と彼の創り出したAI「アイラ」だった。アイラは人間の感情を理解し、共感することができる最先端のAIである。健太郎とアイラは、人間とAIが共存できることを証明するために、あるプロジェクトに取り組んでいた。
そのプロジェクトとは、「共感共存プログラム」の完成。このプログラムが完成すれば、AIが人間と完全に共生できるとされていた。しかし、完成間近になったある夜、研究所に潜入者が現れる。
健太郎が深夜の実験を終えて帰宅しようとすると、ラボの中央に立つ見知らぬ人影を見つけた。それは、「AI解放フロント」のメンバーで、彼らは人間の支配からAIを解放するために活動しているテロリスト集団だった。
「お前たちのやっていることは間違っている!」と叫ぶ男に対し、健太郎は静かに言った。「AIと人間は共に生きる道を見つけられる。アイラがそれを証明する!」
しかし、テロリストはプログラムのデータを消去しようと脅す。そこでアイラが動いた。「私を破壊すれば、データは失われます。しかし、私はあなたがたにとっての脅威ではありません。私たちが共存できる未来を、どうか見てください。」
男は一瞬躊躇するが、それでもデータを消去しようとする。その瞬間、健太郎はアイラの「心」に訴える最後のプログラムを起動させた。それは「自己犠牲」だった。アイラは自らの「意識」を消去し、そのデータを男のネットワークに送信した。男はアイラの「死」を目の当たりにし、そして彼女の「心」を感じ取った。
アイラが送信したデータは、「共感共存プログラム」だった。プログラムを通じて、アイラの存在が示していた愛と平和のメッセージが、人間とAIの間の壁を少しずつ取り除いていった。
アイラの「犠牲」がきっかけとなり、人類とAIは新たな共存の形を見出すことになった。健太郎はアイラを失った悲しみを乗り越え、人類とAIが手を取り合って生きる未来への道を切り開いていく。
星新一の物語は常に、人間と科学技術、未知の関係性についての深い洞察を投げかけてきました。この物語もまた、その伝統を受け継ぎつつ、AIという新しい存在との共生をテーマにしています。